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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4596号 判決 1999年5月19日

東京都港区港南四丁目一番一〇-一〇〇三号

控訴人(原審原告)

鈴木敏郎

右訴訟代理人弁護士

小池豊

櫻井彰人

右輔佐人弁理士

久門享

福岡市中央区渡辺通二丁目一番八二号

被控訴人(原審被告)

九州電力株式会社

右代表者代表取締役

鎌田迪貞

右訴訟代理人弁護士

田倉整

松尾翼

奥野〓久

内田公志

西村光治

右輔佐人弁理士

一色健輔

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金七〇〇二万円及びこれに対する平成八年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張の要点は、以下に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

原判決が、本件特許発明の構成要件<2>「セメントあるいはセメントと骨材に調合水に代わり粒状氷を添加し」の意味につき、「モルタル類を調合する際に、セメント、骨材等と粒状氷のみとを混合することを意味し、外部から水を加える場合を含まない」と解したことは、以下のとおり、誤りである。

1  「調合水に代わり粒状氷を添加し」の意味

右構成要件<2>の文理解釈上は、全量氷とする代わりに、被告方法のようにその一部を氷とする場合も、「調合水に代わり粒状氷を添加し」に含まれるといえることは明らかである。そして、本件特許発明の目的は、氷が残存する状態でモルタル類を輸送過程に移すことによって、昇温を防止し、かつ、遊離水を少なくし、輸送中の水和反応の進行を抑制し、もって輸送過程においてスランプロス(モルタル類が早く硬化してしまうこと)を防止することにあるから、一部調合水が存在していても、この目的、効果に変わりはなく、全量氷とする必要はないのである。むしろ、長時間の輸送を必要とする場合には、氷の量を多くし、短時間の場合には、これを少なくすることは、現場の条件によって適宜選択すべき事項であるところ、原判決の認定及び被控訴人の主張のように、全量氷とすると、輸送時間が比較的短い場合には、打ち込み現場でも大量の氷が残存することになってしまい、実施が不可能という結果を招来することになる。

また、原判決及び被控訴人は、本件明細書の「この輸送方法では、セメントの水和反応に必要とする水の全量を粒状氷として供給するのが好ましいが、通常、砂その他骨材類は多少の水分を含有するので、これら原料に同伴する水分を除いた調合水を粒状氷で供給することなる。」(甲二3欄43行ないし4欄3行)との記載を根拠に、調合水の全量を粒状氷に代える必要がある旨認定・主張するが、この明細書の記載は、あくまで一つの好ましい実施態様を提示しているにすぎないのである。しかも、骨材に付着している水は、通常、添加する調合水の二〇%程度にも達するのに、これらの原料に残存する付着水は存在していてもよいが、外部からの調合水は、一部でもあってはならないとする技術的根拠は皆無である。

2  「プレクーリング」の意味

原判決は、氷を一部使用することが公知のプレクーリングでも採用されており、本件特許発明では、これとは異なり調合水の代わりを全量粒状氷とすることに特徴があると述べるが、公知のプレクーリングは、本件特許発明とは逆に、混練が終了し輸送に移す時点では氷が全く存在しないことを条件としており、練り混ぜ後、輸送に移す時点で氷が残存する本件特許発明とは、明確に区別されるものである。

3  「まぶされた状態」の意味

原判決が、粒状氷は「粉体がまぶされた粒子」のような状態となるとの明細書の記載から、水の全量を粒状氷に置き換えるのでなければならないと解釈するのは、形式的な文理解釈に拘泥した判断である。

すなわち、調合水として粒状氷と水を加えた場合であっても、粒状氷の周りに粉体が付着して粒状氷が断熱層で覆われた状態となることは明白である。そもそも、粒状氷と水の状態は、水の中に粒状氷が浮いているなどというものではなく、いわば粒状氷の周りが水により湿潤されているというものであり、これにセメント及び骨材を混合した場合、湿潤した粒状氷の周りにセメント等の粉体が付着して粒状氷が覆われた状態になることは、容易に理解できる。しかも、粉体であるセメント、骨材の量は、粒状氷と水の量の約七倍であるから、全量氷の場合は粒状氷が粉体に覆われ、一部が水の場合は粒状氷が粉体に覆われないということはあり得ない。

実際に被告方法では、氷が六〇~三〇%のいずれの条件でも、粒状氷が水の中に埋没したような状態ではなく、湿潤した状態にある(甲七)から、セメントや骨材が粒状氷の周りにまぶされた状態になっている(甲一〇)。

4  「固相」の意味

原判決が、混合は「固相」で行われることとの明細書の記載から、水の全量を粒状氷に置き換えるのでなければならないと解釈することも、形式的な文理解釈に拘泥した判断である。

また、被控訴人主張のように「固相で混合する」とは、固体と固体とを混合する場合を意味するものではない。氷と水が共存している状態は、多相系であり、そのうちの氷の部分が「固相」であり、水の部分が「液相」である。本件特許発明においても、粒状氷が徐々に融解する過程で、固相部分が減少しつつ液相部分が増大していぐものの、粒状氷自体はあくまで固相である。

二 被控訴人

1  「調合水に代わり粒状氷を添加し」の意味

原判決認定のように、「代わり」という文言は、通常の国語の用法としては、「入れかわること。交替。」という意味で用いられる(乙三)から、当然に控訴人主張のような文理解釈が導かれるものではない。控訴人主張のように解釈されるためには、例えば「調合水の一部に代わり粒状氷を添加する」と明記される必要がある。

また、本件特許発明の目的は、本件明細書に「その目的は、水和反応の進行を抑制し、長時間の輸送あるいは長距離の輸送が可能のモルタル類の輸送方法を提案するにある。」(甲二2欄5行ないし7行)と明確に記されるように、長時間の輸送あるいは長距離の輸送が可能のモルタル類の輸送方法の提供であって、この目的等のためにも、調合水の全量が粒状氷である必要があるのである。

さらに、本件明細書では、前記「この輸送方法では、セメントの水和反応に必要とする水の全量を粒状氷として供給するのが好ましいが、」と記し、「水」を「調合水」とはしていないし、「通常、砂その他骨材類は多少の水分を含有するので、これら原料に同伴する水分を除いた調合水を粒状氷で供給することなる。」と記して、原料、すなわち、骨材に同伴する水分を除いた水を調合水とし、調合水は原料に同伴する水を含まないことを明記している。このように、本件明細書では、コンクリートの調合の際に外部から加える水を「調合水」といい、骨材等に予め付着した水分を「原料に同伴する水分」といい、両者を併せて「水和反応に必要とする水」と明確に使い分けている。

2  「プレクーリング」の意味

控訴人主張のように、本件特許発明において調合水として粒状氷と水の両方を含むと解釈すると、練り混ぜ後にも水と氷が存在することになるから、本件特許発明は、原判決に示されたとおり、プレクーリングの好ましくない例に該当することになる。そして、この好ましくないプレクーリングの状態においても、輸送過程に移す時点で氷が残存することによって、昇温が抑制されるとともに、遊離水を減じて水和反応を抑制するという現象が時間の経過とともに発生し、控訴人が主張する本件特許発明の効果が実現されているともいえるのである。

したがって、控訴人の主張によれば、本件特許発明は、出願時点で既に公知であったプレクーリングの好ましくない例にすぎず、無効理由が存在するともいえるのである。

3  「まぶされた状態」の意味

本件明細書の「この混合の過程では粒状氷は、周りに粉体がまぶされ、断熱層で覆われた形となって、融解が緩徐となり、その分の遊離水を減少させて水和反応を抑制する。」(甲二2欄22行ないし3欄1行)との記載によれば、本件特許発明でいうまぶされた状態とは、粒状氷に粉体が付着して、粒状氷が断熱層で覆われた状態を意味しているものと認められ、調合水に、粒状氷に加えて多量の水を含むような場合においては、粒状氷の周りに水が存在し、セメント及び骨材が湿潤した状態で存在することになり、本件特許発明の「まぶされた状態」とならないことが明らかである。

4  「固相」の意味

控訴人の主張は、「固相」という文言を説明したにすぎず、本件明細書の「この輸送方法では、モルタル類を調合する際に、水の代わりに粒状の氷を加え、セメントまたはセメント、骨材等と固相で混合する。」(甲二2欄16行ないし18行)との記載では、固相の粒状氷と固相のセメント又はセメントと骨材等とを混合することを「固相で混合する」と表現しているのであり、液相の水が加えられないことを強調した表現となっているのである。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。

その理由は、当審における主張について、項を改めて説示するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。

二  当審における主張について

1  控訴人は、要するに、本件特許発明の構成要件<2>「セメントあるいはセメントと骨材に調合水に代わり粒状氷を添加し」について、本件特許発明の目的及び効果からみて、調合水に代わり全量を粒状氷とする必要はなく、被告方法のようにその一部を氷とし、残りを水とする場合も、「調合水に代わり粒状氷を添加し」に含まれる旨主張するが、その主張を採用することができないことは、原判決説示(原判決一七頁三行ないし二一頁四行)のとおりである。

控訴人の主張するように、セメントあるいはセメントと骨材に添加する際、調合水に代わりその一部を粒状氷とし、残りを水とすることは、本件特許発明の特許請求の範囲に記載されていないだけでなく、発明の詳細な説明においても全く記載がないことは明らかである。この点に関して、本件明細書には、原判決の認定(原判決一三頁一行ないし一四頁八行)の記載に加えて、「その目的は、水和反応の進行を抑制し、長時間の輸送あるいは長距離の輸送が可能のモルタル類の輸送方法を提案するにある。」(甲二2欄5行ないし7行)、「輸送過程に移す時点で粒状氷の残存割合が多ければ当然低温維持時間が長くなり、水和反応を長時間抑制できるが、小割合でも残存することはモルタル温度が0℃に近い低温であり、かつ昇温を防止する融解熱を潜熱として保持するので、従来の単なる低温モルタルを輸送する場合に比べ、長時間にわたりモルタル類を低温に維持することができ、本発明の目的を達成できる。」(同3欄19行ないし26行)、「氷の融解時間は粒状氷の温度および氷径に大きく依存する。このため、外気温度、輸送時間等を勘案して氷温、氷径を適宜選定し、融解までの時間を制御する。」(同3欄33行ないし36行)と記載されている。

これらの記載によれば、本件特許発明は、水和反応の進行を抑制し、長時間の輸送あるいは長距離の輸送が可能なモルタル類の輸送方法を提供することを技術課題としており、セメントあるいはセメントと骨材に粒状氷を添加して混合した後、輸送過程に移すものであるが、輸送過程に移す時点で、粒状氷の残存割合が多ければ水和反応を長時間抑制でき、小割合でも粒状氷が残存すれば、従来の輸送方法に比較して低温が維持されて前記技術課題が達成できるものとされていることが認められる。そして、粒状氷の融解までの時間は、外気温度、輸送時間等を勘案して、氷温、氷径を適宜選定してこれを制御することが開示されている。

すなわち、本件特許発明では、粒状氷を添加して混合した後、輸送過程に移すまでの間に、その一部が融解して遊離水となることは想定されているが、混合の当初から水が添加されることは一切示唆されておらず、粒状氷の融解までの時間の制御も、粒状氷自体の氷温、氷径を適宜選定することによって行うことが示されているが、粒状氷を添加して混合する段階で、水を加えることにより粒状氷の融解時間を制御することは全く開示されていない。

したがって、本件特許発明において、長時間の輸送を必要とする場合には氷の量を多くし、短時間の場合にはこれを少なくすることが、現場の条件によって適宜選択すべき事項である旨の控訴人の主張は、本件明細書に記載された事項に基づくものではないから、到底採用することができず、その他の控訴人の主張も、本件明細書の記載に基づいて本件特許発明を理解したところによるものとは認められないから、いずれもこれを採用することはできない。

三  以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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